★善福寺川を蛍の棲む川にしたいと思いませんか?
昭和三十年代、全国どこでもふつうに見られた蛍が、四十年に入ると、いっせいに姿を消してしまいました。
あの、四万十川の現流域でも同様でした。
DDTをはじめとする各種農薬が大量に使用されはじめてから数年を経てのことでした。
それからおよそ三十年近く過ぎ、かつて「蛍の名所」といわれた地域を中心に、初夏の夕べをほのかに彩る「蛍のとぶ風景」をなつかしむ声がひろがりはじめると、愛媛県のある村では再生を試みる人が現れました。 ・・・
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掌の上のホタル |
★海野さん(舞台俳優)の小さな願い
海野さん(大宮1丁目)とお話していると「宇野重吉」や「滝沢修」といった懐かしい名前がでてきて、私自身も、ふと、古き良き(シアワセだった時代)の中に引き込まれていってしまうのを意識してしまいます。
「今の荒廃した世の中に育っていかなければならない子供たちのために、自分は何ができるのだろう・・・」 子供向けの芝居を書く時も、また、演じるときも、つねにそんな思いが頭をよぎります。
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海野さんの手書きの看板(原稿) |
★龍馬と同年の志士「掛橋和泉」のたゆとう心
「掛橋和泉」は、地元高知では坂本龍馬や武智半平太、中岡慎太郎とともに「土佐勤皇の四天王」と呼ばれている「吉村虎太郎」と同時代の志士で、虎太郎の隣家にその住まいがあったことが知られています。
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吉村虎太郎の像
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★善福寺川にあった「黒の福音」(松本清張)の舞台
木々に囲まれた小径のむこうに青色の欄干が見えます。
この橋のちょっと先の川原で、その昔、外国人牧師のからむ殺人事件(死体遺棄事件)がありました・・・
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この欄干の左の谷底に・・・ |
★わが街あったかぞく
”のあちゃん”とあったかぞくのスナップです。
ママがケータイで撮って送ってくれました。
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★わが街あったかご近所
山田さん家のご近所さん関係は、とってもふぁみりいです。
海野さんの懸念が、このあたりでは払拭されていて、とても「大都会東京」の一角とは思えないあったかな空気につつまれています。
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★わが街あったかぞく - おジジと初孫
今年(2007年)、Mさん家に初孫が誕生しました。
名前は”ゆいちゃん”女の子です。
Mさんは、当年とって56歳。
待望久しい孫の誕生に、破顔笑々、もはや社長の顔ではありません。
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