龍馬と同年の志士・掛橋和泉の「たゆとう心」
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「黒の福音」の舞台となった谷川にかかる橋
       


     「吉村虎太郎」の像(津野町新田)

吉村虎太郎

   「しまんとふぁん」より


 「お客さん、このすぐ右手に虎太郎の像があります」
 手結(てい) さんは、その声に、ふっと、現実に引き戻されたのでした。
 いつのまにか、車は、新田(しんでん) という町の入り口にさしかかっています。

 そもそも、この旅は、大岡昇平の「天誅組」という本に出会ったところから始まったのでした。
 その本の主人公が「吉村虎太郎」なのです。

 コンクリート製の崖の下に車をつけてもらって、階段をのぼってゆくと、そこに、堂々とした武者姿の虎太郎が、
山あいをぬってながれるせせらぎの上空をみつめ、立っています。
 見上げる角度のせいなのか、いかつい顔で、左の眉などつりあがっているようです。
 怒っているようにさえ見えます。
 胸の中に強烈なエネルギーを抱えたまま虚空をにらみつけるその姿は、志の結実を見ることなく早世せざるを
得なかった、己の、歴史に果たす役割の無念さと、信念に対するゆるぎない自信を、感じさせます。

 そもそも現代よりもはるかに人口の少なかった、この、四国の山の奥の、四万十川の現流域の、小さく、しずかな村里。
 パーセンテージからするとどのくらいになるのだろう、おそらく一村まきこんでしまったほどの数の有為な若者たちが、
馳せ参じた、激しい維新の時の流れ・・・・・
 なにしろ、こんなのどかで平和な里を、彼(彼ら)は、捨てているのです。

 

 左の写真は、このHPの”善福寺川にあった「黒の福音(松本清張)」の舞台”の2ページ目に貼りつけてあるものです。
 八月初旬、この写真のすぐそばにあるマンションに住む「○石さんの奥さん」から、お電話をいただきました。

 転居の連絡でした・・・ 

 さみしい電話なのですが、こうして別れ、そしてまた出会いが・・・と、書きたいところ、実はこの方、「私は以前、檮原や東津野に行ったことがあるんですよ」と、話はじめられたのでした。
 「吉村虎太郎なんか、好きなんですよ」と・・・

 檮原(ゆすはら)なんて地名はふり仮名でもふらなければ、この大都会では、多くの人が読めないにちがいありません。

 いつかまた、このご家族とは高知で再会できるのではないかと、何だか、ふっと、そんな予感がしてなりません。
 人のいいご主人と、5〜6歳の男の子は、中旬のある日、八王子に去ってゆき、あとには寂しいほどうるさく蝉の声が響いているばかりです。

 そして、この項のタイトル「掛橋和泉」は、地元高知では坂本龍馬や武市半平太、中岡慎太郎とともに「土佐勤皇の四天王」と呼ばれている、○石さんの奥さんの好きな「吉村虎太郎」と同時代の志士で、虎太郎の隣家にその住まいがあったことが知られています。








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