かわうその里「新荘川」

 それから幾星霜。
 もう現れないと安心してしまった?からなのか、今では、その川が、この「新荘川」であったことが公開され、
この川に沿って走る国道197号線の、そこここに「かわうその里」の看板が踊り、地元発のホームページ等にも
そのことが謳われています。
 このページの写真は河口から数キロのところのものですが、この川は、このままのスタイルで、流れを須崎湾に
注ぎこんでいます。
 湾に流れ込む寸前の水の透明感には、ちょっと、驚かされてしまいます。JR線の上から湾の方向の流れを、そっと
のぞいてみるとき、その思いは頂点に達するといった感じです。
 昔のままの清らかさを、今も何とか保っていると言っていいのではないのでしょうか。

 維新の前夜には、この短い川のそばの小さな街道を通って、数多くの若者たちが国を抜けました。
 この道は、「志士たちの道」でもあったのです。
 龍馬は、もう少し上流の地点で佐川方面から、この道に合流したと言われています。

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