しまんとふぁん    志士たちの道 -脱藩のルート
辞職峠 (布施が坂)  


段々畑(茶畑)

 





















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 すとーりー 

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  1.四国へ
  2.龍馬の国
  3.志士たちの道 (ルート197)
  
 かわうその里-新荘川(その1)
   かわうその里-新荘川(その2)
   辞職峠-布施ケ坂(脱藩の道)


 JR須崎駅でムギやんと別れた手結さんは、教わったとおりの場所で、タクシーを拾い、新荘川に沿って、ルート197を四万十川源流の方に向かったのでした。

 このタクシーの運転手さんが、また、話好きのお人よしだったため、思いがけない情報に出会うことができました。

 日本で、最後に、かわうその生活している姿が撮影された新荘川の話や、龍馬が今走っている国道にそって、かつてあった旧道を、実際、上流の方向に、歴史の中を駆け抜けていった話など、ぞくぞくするような面白い話が、いっぱい、車中に花咲いたことは言うまでもありません。

 昭和三十年代後半から四十年代前半、彼が小学生〜中学生のころ、複数の教師から聞いた話によると、その昔、新任の教師が、この峠を越えて赴任を命じられたとき、この坂に辿りつき、うねうねと、くねり続く坂道のはるか奥に自分の勤務地があることを悟った瞬間、あまりの心細さに「辞職願」を書いてしまったとかいう話がまことしやかに語り継がれていて、以来、彼らの間では、この坂のことを「辞職峠」と揶揄していた・・・のだとか。

 三枚目の写真は、その話を連想させる旧道なのですが、一車線ながら、舗装はされており、それなりに近代的なつくりとなってします。
 以前は、当然、ムキ出しの裸道で、道幅も、もっとずっと狭く、車幅いっぱいいっぱいだったのだそうです。
 もちろん、龍馬は、この車のために作成された曲がりくねった道を歩いたはずがありません。
 四枚目の写真の、左の方から右に向かって、ほぼストレートに、ところどころ、ほそぼそと残っている歩くための旧街道の名残が、その道なのです。





















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